エボニックとフォルクヴァング美術館の深い関り

エボニックの前身企業の一つは、1847年に設立されたゴールドシュミット社です。1918年に創設者の息子であるハンス・ゴールドシュミットがエッセンから離れる際に、フォルクガング美術館との関係がスタートしました。

設立当時のゴールドシュミット社
設立当時のゴールドシュミット社

ハンスはエッセン市へ別れの贈り物の一つとして、展示の目的のためにEssener Kunstverein(=エッセン美術協会)に50,000マルクと共にビスマルク通りにあった彼の家を寄付しました。その後、1922年にエッセン市がコレクターのカール・エルンスト・オストハウスが所有していたフォルクガングのコレクションを引き継ぐことになりました。エッセン市にはこのコレクションに興味を持つ人は多くいるものの、展示するのにふさわしい施設がなかったため、ハンスの弟カール・ゴールドシュミットにアプローチし、6年間貸し出されていた彼の家を寄付するように依頼しました。つまり、フォルクガング美術館は、ゴールドシュミット兄弟の家がなければ存在しなかったと言えます。

1928年まで2つのゴールドシュミットの家は新しく建てられた中央の建物によって接続されていましたが、第二次世界大戦で残念ながら破壊されてしまいました。現在のフォルクガング美術館は同じ敷地内に立っています。

その後事業を引き継いだカール・ゴールドシュミットの長男テオは、自身が芸術愛好家であり、コレクターでもありました。彼の妻エマも、当時の50万マルクという莫大な寄付と共に、ゴールドシュミットAGと共同設立されたフォルクガング美術館協会の最初の理事会のメンバーでした。 テオ・ゴールドシュミットは、1933年から1960年にかけてフォルクガング美術館協会で最も影響力のある人物の一人であり、1945年以降もテオとエマ・ゴールドシュミットは献身的で、1950年代に破壊された同美術館の再建にも貢献しました。